「トピック」カテゴリーアーカイブ

「スキル不足で職場に居場所がないおじさん」の救済プロジェクトに関わった時の話

昔所属していたSI会社で、「職場に居場所がないおじさん」の救済プロジェクトに関わったことがあります。

いや、実際にそういうプロジェクト名だった訳ではなくて、確か

「キャリア再考プロジェクト」とか「スキルリデザインプロジェクト」とか、なんかそんなかっこいい名前だったような気がするんですが、

一緒に関わった先輩が言った「これ、やってることは職場で居場所がないおじさんのサルベージだよな…」という言葉が強く印象に残っていて、私の中でプロジェクト名が上書き保存されました。

まあその先輩、「リストラ前のアリバイ作りじゃねーの」とかひどいことも言ってたんですが。

どんなことをやったかというと、要するに人事部のサポートみたいな話でして、

・所持スキルが案件に合わず、なかなかプロジェクトにアサイン出来ない人

・プロジェクト内でスキル不足の為タスクが振れず、PMから扱いにくいとアラートが出ている人

・要は社内ニートに近い立場になってしまっている人

を対象に、今後身に着けたい技術があるか、やりたいタスクやプロジェクトの方向性は何か、今後のキャリアをどう考えているかといったことをヒアリングして、可能であれば他のプロジェクトにアサインを打診したり、スキル取得を提案したり、というような内容でした。

本来人事の仕事のような気がするんですが、「技術的なスキルアンマッチについては人事部だけでは分からないこともあるだろうからエンジニアも参加させろ」みたいなことを言った偉い人がいたようで、当時色んなプロジェクトに顔を出していた私たちが体よく狩り出されたような印象でした。

余計なこと言うなよって感じです。(元:https://blog.tinect.jp/?p=62002)

コミュ力もリーダーシップもいらない。元Google社員が語る、本当に「優秀な人材」とは

「コミュニケーション能力」「リーダーシップ」「協調性」――。長らく日本企業が「理想の人材」としてきた、紋切り型の言葉たち。「声の大きい人」の意見が通りやすい会社では、こうした特性も必要なのかもしれない。

そんな人材論に「NO」を突きつけるのが、Googleで人材開発に従事し、現在は退職して国内外の企業で人材育成のコンサルティングをおこなうピョートル・フェリークス・グジバチ氏だ。

「性格は関係ない。大切なのは、結果を出せるかどうか」と、ピョートル氏は語る。出身大学は仕事のパフォーマンスと関係ない。有能な人材を活かすも殺すも、会社や上司の考え方次第だと指摘する。

日本企業とGoogleは何が違うのか。いま日本が知るべき、本当の意味で「有能な人材像」とは?ソ連崩壊後のポーランドで学んだピョートル氏のキャリアと合わせて聞いた。

日本では大手企業の経営者というと「黒塗りの車」で常に移動しているというイメージがありますよね。丸の内や大手町といったビジネス街では、エンジンをかけっぱなしにした車の中で、運転手が偉い人を待つ。そんな風景を見ることがあります。

古い保守的な会社は「性悪説」の考え方で動きます。部下が何をしでかすかわからないから「トップがすべてをコントロールする。命令に従え」という考え方です(引用元:huffingtonpost.jp)

スキルのない素人が、印象と好き嫌いで合否を決めている。それが採用面接。

仕事柄、たくさんの会社の採用を見聞きしてきた。

そして気づいたのは、「いい人が採れない」理由の多くは、身も蓋もないが給料が安く、仕事がつまらなく、友達に自慢できない職場だからという事実だ。

だから、とりあえず手っ取り早く改善できることとして、いい人を採りたいなら、他の条件がだめでも、せめて給料上げるくらいはすれば、という話を上の記事で書いた。

だが、それでもいい人が採れない、というケースもままある。

その場合、ほぼ間違いなく次の理由で採用できていない。

それは「面接官が無能すぎる」ケースだ。

単純に言うと、面接官が無能すぎて、応募者に呆れられてしまっているのである。

それでいて、媒体のせいにしたり、採用担当のせいにしている会社が結構あるのだから、始末に負えない。

おそらく、社員も外部も、誰もはっきり言わないのだろう。

「本当は、面接がダメすぎて、応募者に辞退されているケース、ものすごく多いですよ」と。

社長が採用にタッチしなくなるだけで、めちゃくちゃ採用は改善されますよ、と。

そういうことである。(source:https://blog.tinect.jp/)

Amazonで「鬼滅の刃」のコミックを買ってしまったのに、どうしても読み始める気になれない。

「鬼滅の刃」が絶好調だ。

あえて説明する必要もないが、劇場版の興行収入がえらいことになっていたり、単行本の売り上げがドえらいことになっていたり、最終巻を求めて長蛇の列ができたり、めちゃくちゃ転売されたり、わけわからんコラボグッズが出たり、とんでもない状況だ。

見ると、町ゆく子どもたちのマスクまでどこかで見たような柄のものになっている。

これはもう社会現象と言っても過言ではないのだろう。

この「鬼滅の刃」はすごい。

たぶんどえらい作品だ。

そんなもの詳しくなくても分かる。

ただ、「たぶん」と表現しているのは、実はまだ観たことがないからだ。

そう、僕はこの作品に全く触れていないのだ。

原作も見てなければアニメも見ていない。もちろん劇場版も見るつもりはない。

やはり、たとえ末端といえども文章を書いたりして表現活動をしている者として、こういった作品は必ず抑えておく必要がある。

社会現象は多くの人に暗黙のうちに共有される事象であり、それをもとに表現をしていくことは基本中の基本だからだ。(https://blog.tinect.jp/)

【話題】採用面接で腹が立って「志望動機なんかありません」と答えたときの話。

もう10年以上も前のことだが、新入社員の採用面接でお会いした、忘れられない一人の女子学生がいる。
彼女はノックもせずいきなり部屋に入ると、何も言わず席に座り、下を向いてそのまま固まってしまった。
最終の役員面接となると、やはり緊張で上手く話せなくなってしまう学生もいるので、その事自体は珍しいことではない。

しかし彼女は余りにも極端だった。

「こんにちは。今日は面接に来てくださってありがとうございます。よろしくお願いします。」

「・・・」

「緊張する必要なんか、全くありません。少しお話をお聞きすることはできそうですか?」

「・・・」

わずかに見える鼻の頭や耳まで真っ赤になってしまっていて、今にも泣き出しそうだ。
顔を上げられず、小さく固まってしまった肩が震えている。
もはや面接どこではない空気感だ。
とはいえ彼女もここまで試験を進み、しかも履歴書からもとても優秀な学生であることは十分わかる。
たかだか「あがり症」であることだけを理由に面接を打ち切る必要はないので、言葉を続けた。
「面接ってやっぱり、緊張するものだと思います。無理に話さなくてもいいので、では私の話を聞いて下さい。なにか話せるようになったら、話すということで大丈夫です。」
彼女は下を向いたまま、小さく二度ほど頷いた。

参考として5年前に結婚相談所経由で結婚できた我が家を見てみよう

当方 (当時) 35歳 デブ 年収600万 情報技術者
相手 (当時) 35歳 ガリ 年収550万 公務員

オタクとしてステレオタイプにイメージされやすいパソコンへメチャクチャ強く、漫画アニメゲームが大好きで、それがこうじて同人ゲームを作っちゃうような俺は日々充実したオタクライフを送っていた。

結婚なんて縁がないものと中学生の時点で既に気付いていたので、ドールを理想的な容姿にして愛でていた。ドールへ自分好みのミニスカ履かせようがホットパンツ履かせようが誰にも迷惑かけじゃん?

そんなある日、子供部屋おじさんだった俺は親から呼び出され突然2万5千円を請求された。

「毎月6万円収めてるのに金ないのか?香典がかさんだ?」

「結婚相談所の入会金の半分だよ。お前もそろそろ結婚考えろ」

「いやいやいや待て待て待て。なにしてくれちゃってんの?どうして勝手にやって折半しようとしてんの?」

勝手に結婚相談所へ入会させた上に折半しようとする我が両親の頭がついにボケたかと悪態をつきたくなった。2万5千円あったらフルプライスのゲームを3本買えるんだぞ。積みゲー消化しきれてないけど。

「良いか?女性とデート出来ると思え」

「親父は知らんかもだけど世の中にはお金を払えばデートしてくれる女がいっぱい居るんだよ?たぶん1万円くらいで」

「そういうの利用したことは?」

「無いな。まず俺の中にそういう需要が無い。1万円払うならBlu-ray買う」

「そういうデート商売みたいなもんは男だけが金払うんだろ?結婚相談所は女性も払ってる。デートに本気だ」

「逆に嫌だよ。狩猟民族みたいな本気の女に俺は狩られて剥ぎ取られる側だよ」

「しかしもう入会したからな。先方の都合もあるし1度だけでも行って来い」

オードリー・タン「日本人は未来に住んでいるようだった」。台湾の天才大臣が語った来日時の記憶

台湾でトランスジェンダーを公表した初の閣僚のオードリー・タンさん。デジタル担当大臣として、誰もが使いやすい新型コロナ用のマスクマップの製作を成功させ、世界から注目されています。ハフポストLIVE「台湾の“天才デジタル担当大臣”に聞く 民主主義と多様性のこれから」(早稲田ビジネススクール=WBSと共催)でWBSの学生らと語った90分。オードリーさんがメディアに求める「徹底的な透明性」の原則に従って【全文】を公開します。

まず最初に、4日前の7月30日に亡くなった李登輝元総統のお悔やみを日本側から申し上げた。 

――李登輝氏は台湾に大きな影響を与えた人だと思いますが、どんな印象を持たれていますか?

タン:最初に李登輝氏に会ったのは、ナショナル・サイエンス・フェアで優勝した時だと思います。私は14歳で中学生でした。

当然、彼が総統だと知っていましたが、選挙で直接選ばれた総統ではなかったので、前総統の後継者、と認識していました。

ところが素晴らしいことが起きたのです。彼は台湾を独裁主義から民主主義へと移行させました。そして総統を、自由選挙で直接選べるようにしました。

私の父は、別の候補だった陳履安氏の広報担当者でした。私はインターネットの擁護者として対立候補の側から初の自由な総統選挙に参加したこと、そして李登輝氏が移行を非常にうまくやり遂げたことをとても誇らしく思いました。(huffingtonpost.jp)

「現代の女子高生と同じ姿」と話題の1932年の少女たち、どの程度のレアケースだったのか?

84年前の日本で、どれくらいの少女があのような女学生だったのでしょうか?

ネットで現在話題となっているYouTubeにアップされた「Cruise to Japan in 1932日本へのクルーズ」と題された1本の動画。元々は「JAPAN LAND OF THE CHERRY BLOSSOMS」と題された海外に日本を紹介する短編映画と思われる作品です。

この動画自体、極めて資料的価値の高い作品として興味深いものなのですが、この動画の2分49秒から2分54秒の間に映るふたりの女学生と思われる少女の服装が現代の女子高生だと言ってもまったく違和感のない姿であるとネット上で大きな話題となっています。

セーラー服のような制服のスカートは膝上で、黒いタイツを身につけています。ひとりは口元をハンカチで隠しており、全体的に純朴なイメージはありますが、たしかに現代の女子高生の格好と極めて似通っています。動画は以下から。

では、この時代にこのような女学生はどの程度一般的だったのでしょうか?それとも滅多に見ないレアケースだからこそこうして映像に登場したのでしょうか?見た目からは尋常小学校の児童には見えないため、高等女学校の生徒であると仮定して調べてみましょう。(buzzap.jp)

この世には、エリクサーを躊躇なく使える人間と、使えない人間がいるんだ。

僕は彼女の不幸な顔しか知らない。

「遅れてごめん」

彼女は息を弾ませてそう言いつつ、カップを片手に向かいの席に座った。

「そこまで待ってないよ」

僕の言葉はカフェの喧騒に吸い込まれた。もう何度となく交わされた会話だ。彼女が僕に会いたいと言ってくる時は、彼女の人生が上手くいっていない時だ。

彼氏ができたり、他に夢中な趣味があったり、仕事に没頭している時、同期との飲み歩きが楽しい時、彼女は僕に声をかけない。

ただSNS上で見知った関係だけがそこにある。

彼氏と別れたり、仕事がうまくいかなかったり、そういった彼女自身が煮詰まったであろう時に僕に声がかかる。

都合が良いといえば都合が良い相手なのだろう。だから僕は彼女が上手くいっていない時の顔しか見たことがない。

彼女が結婚し、もう何年も声がかからなくなっていたが久々に声かけられ、彼女の職場近くのカフェで会うことになったのだ。

僕は無意識のうちにまた煮詰まったのだろうと彼女の心中を慮り、覚悟していた。なんとなく予想できる未来が待っていると思ったのだ。(blog.tinect.jp)

知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。

少し前に訪れた大学の先生から、面白い話を伺った。それは「知的な人物かどうか」という判断の基準に関するものである。

私達は「頭が悪い」と言われることを極端に嫌う。知性が人間そのものの優劣を決めるかどうかは私が判断するところではないが、実際知的であることは現在の世の中においては有利であるし、組織は知的な人物を必要としている……

一つ目は、異なる意見に対する態度

知的な人は異なる意見を尊重するが、そうでない人は異なる意見を「自分への攻撃」とみなす

二つ目は、自分の知らないことに対する態度

知的な人は、わからないことがあることを喜び、怖れない。また、それについて学ぼうする。そうでない人はわからないことがあることを恥だと思う。その結果、それを隠し学ばない

三つ目は、人に物を教えるときの態度

知的な人は、教えるためには自分に「教える力」がなくてはいけない、と思っている。そうでない人は、教えるためには相手に「理解する力」がなくてはいけない、と思っている

四つ目は、知識に関する態度

知的な人は、損得抜きに知識を尊重する。そうでない人は、「何のために知識を得るのか」がはっきりしなければ知識を得ようとしない上、役に立たない知識を蔑視する

五つ目は、人を批判するときの態度

知的な人は、「相手の持っている知恵を高めるための批判」をする。そうでない人は、「相手の持っている知恵を貶めるための批判」をする。