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ジオシティーズの閉鎖で消えた「わからん科目攻略法」が、埋もれるのがもったいないので、ここで紹介する。

かつて「​ワンランク上の勉強法」というサイトで”わからん科目攻略法”というものが紹介されていた。

これは非常に有用な技術なのだが、現在はジオシティーズの閉鎖に伴い閲覧不可能である。。

このまま埋もれてしまうにはあまりにも勿体ないので簡単に紹介し、今日はその技術を土台として自分の頭でモノを考えるという事がどういう事なのかを書いていこうかと思う。

最近全然頭使ってないなという人には参考になるかもしれない。

あなたが物理の勉強を始めたと仮定しよう。

物理は難しい。

分野によっては一読しただけでは何が書いてあるのかサッパリ理解できない事も多い。

高校生の頃に早々に脱落してしまった人も多いだろう。

この難しい科目を”わからん科目攻略法”は「理解しようと思わずに毎日ただ目を通して10回ぐらい読め。そんで11回目にわかろうと思って読め」と説く。

こうすれば驚くほどスルスル理解が進むというのである。

陰謀論にハマっている人達は、たぶん、ものすごく知的な活動をしていると思ってる

今から15年ほど前、ロジカル・シンキングというものが流行っていた。

ロジカル・シンキングを紹介していた本達は「論理的に物事を考えられれば、自由な発想がいくらでもできるようになる」といった事を謳っていたように記憶している。

僕も興味をもって何冊か読んでみたのだけど、これがまるで役にたたなかった。

コンサルファームあたりで激詰めされながら職業訓練をうければまた話は違うのかもしれないけど、少なくとも素人が論理的に物事を考えた所で何も変わらない

少なくとも僕に限って言えばだが、論理的に物事を考えてもまったく思考は展開しなかった。

「なんか違うんだよな」と随分長い間考えていたのだけど、最近ようやくその違和感の正体がつかめた。

今日はその話をしようかと思う。

アイディアは論理的思考では積み上がらない
かつて僕はアイディアというものは論理的思考の積み重ねでもって展開するものだと思っていた。

図解するとこんな感じである。

しかし断言してしまうが、アイディアというのは論理的思考では積み上がらない。

論理は理屈の解析や物事の分析には使えるけれど、こと何か新しいモノを生み出すのには全く役にたたないと言っても過言ではない。

発想力はこんな感じのわかりやすい線形思考をしていない。

圧倒的な戦力差にも関わらず勝利・善戦した戦い

・盧溝橋事件

 1937年 日中戦争 ★日本軍5600vs中国軍10万

 盧溝橋付近で日本軍の夜間演習中に日本兵一人が行方不明になる。日本軍がこれを理由に中国軍を攻撃し、破った。この事件が熾烈な日中戦争のきっかけとなった。

・タラワの戦い

 1943年 太平洋戦争 日本軍2600vs★アメリカ軍3万5000

 タラワ環礁ベティオ島を防衛する海軍部隊とアメリカ海兵隊が激突した。島は3日で陥落し、守備隊は玉砕したが、米軍も3000人が死傷し、軍への志願率が一時的に減少した。

・拉孟の戦い

 1944年 日中戦争 日本軍1300(うち傷病兵300)vs★中国軍2万

 日本軍と中国軍が3ヶ月にわたって交戦し、日本軍が全滅した。中国軍は8000人が死傷した。

・騰越の戦い

 1944年 日中戦争 日本軍2800vs★中国軍5万

 日本軍と中国軍が3ヶ月にわたって交戦し、日本軍が全滅した。中国軍は2万人が死傷した。

・アンガウルの戦い

 1944年 太平洋戦争 日本軍1250vs★アメリカ軍2万1000

 日本軍歩兵第59連隊第1大隊が守備するアンガウル島をアメリカ軍第81歩兵師団が攻略した。1ヶ月以上にも及ぶ激戦の末に日本軍は玉砕したが、米軍も2000人死傷した。

 参考作品「英霊の絶叫(船坂弘著)」

Googleの社員食堂に感じた、格差社会のリアル。

つい先日、Googleにランチに行ってきた。

Googleはオフィス内に3つの食堂があり、その全てを無料で社員は利用する事ができる。そして社員に知り合いがいると、その食堂を外部の人間も利用できるのだ。

<参考 Googleの社員食堂行ってきた! – はらぺこグリズリーの料理ブログ >

あの有名なGoogleの中に潜入できる!こんなワクワクする展開もそうはあるまい。

というわけでGoogle社員に聞いた色々な話を織り交ぜつつ、現代のグローバル企業の深淵に迫っていこう。

能力不足でクビになった人が1人もいないGoogle日本支社
六本木ヒルズの43階にあるGoogle食堂での光景は異様としかいいようがない。

雰囲気を一言で表せば、まるで外国の大学のカフェテリアのようである。

そこに並ぶのは「ホテルのビュッフェかい!」といいたくなるような色とりどりの品目。全部で20種類ぐらいはあったんじゃないだろうか。

その日のメニューの一部をあげると、そんじょそこらのビフテキより分厚い牛カツ。ドテ煮込み。鴨鍋。お好み焼き。キムチ豚丼。カレー……。

おいおいおい。Googleさん、ちょっとこれ、どういう思考回路をぶっ込んだら、こんなメニューを社員食堂で出そうとか思うんだ?

ちなみにGoogleに入った職員は平均で体重が3キロ増えるらしい。完全に餌付けされとんがな!

コロナに乗じて町内会の属人業務を改善しまくった一人のおばあちゃんの話

町内会のおばあちゃんの話をします。

しんざきは町内会というものに所属しています。

以前マンションの理事長に持ち回りで就任した時、セットで町内会にも所属することになりまして、それ以降なにやかやでちょくちょく顔を出すようになりました。

町内会の青年団というものに「青年」など一人も所属しておらず、40歳のおっさんである私がほぼ最年少だ、ということにショックを受けたりもしていました。

この年になって「十数人のグループで最若手」になる機会があるとか、思ってませんでしたよ正直。

この町内会に、いつも電動自転車で町内を軽快に走り回っている、一人の名物おばあちゃんがいます。

もう御年は80歳を何年か過ぎていらっしゃると思うんですが、一時期体調を崩しつつもおおむねお元気で、物凄く新しい知識に貪欲で、ITスキルについても全く抵抗感というものがなく、町内会で数々の業務改善を成し遂げてきた凄いおばあちゃんでして。

この辺全部このおばあちゃんの仕業です。

「何歳になっても新しいことを学び始めることは出来る」ということについて、この人以上に明確に体現している人を私は他に知りません。

ちなみにこの人Switchでゲームも遊んでいて、この前までスマブラやってたんですが最近はあつ森にハマっているらしいです。

わずか10%の給与カットで「愛社精神」は跡形もなく破壊することができる。

世の中の経営者、とりわけオーナー企業の経営トップは「愛社精神」にこだわる人が多い。

しかし誤解を恐れずに言うと、給与所得者として働く労働者に、経営者が考えているような「愛社精神」は存在しない。

にも関わらず、勘違いした会社経営者は的はずれな手段を使って、従業員から会社を愛してもらおうと努力する。

そしてその多くの場合、「愛社精神」を自分への愛と一体化して考え、理不尽極まりない願望を押し付ける。

従業員との“腹を割った”飲み会。

慰労旅行や社員運動会。

さすがに、令和の時代にこんなことで“愛社精神”が高まると勘違いしている経営者はいないと思いたいが、万が一似たようなことをしているのであれば今すぐやめたほうがいい。

従業員の立場から見れば、相当な迷惑だ。

ではなぜ、多くの会社経営者は「愛社精神」などという存在しないものを追いかけるのか。

それは、「それっぽいなにか」を都合よく誤認しているからだが、いったい何を誤認しているのか。

詳しくお話していきたい。

「攻撃するために質問する人」が職場にいると何が起きるか

ちょっと前の話なんですが、職場にて、わたしとはまた別のチームのリーダーが辞めてしまって、とても惜しいなーという気分になっています。

実力がある人でした。色んな知識を持っていて、その知識を応用するやり方も知っていて、課題を見つければその課題を解決する方法を、しかも実現可能なやり方で考えられる人でした。

ただ、私が見る限り、その人にはたった一つだけ、非常に大きな欠点があって。

それは、彼が、

「攻撃の手段としてしか質問をしない人」だった、ということなのです。

まず前提として。

本来であれば、「質問」というのは、何か自分が知らないことを教えてもらう、あるいは自分が知っていることと相手が知っていることを合わせて、新しい知見を導くために使うものです。

良い質問があると話が進みますし、皆の知見が深まります。

だから質問は大事ですし、気軽に質問が出来る環境作りも非常に重要です。

その辺の話については以前も書きました。

明晰ではあるが、会社に文句ばかり言っていた人の話。

Tさんは、都内の有名国立大を卒業し、大手企業に新卒で入社した。

もともと明晰であったため、研修期間中にすでに頭角をあらわし注目されたため、同期からは「出世頭となるだろう」と目されていた。

ところが、配属は彼の希望通りとはならなかった。

人事は彼の希望を考慮はしたが、全体のことを考え「今、彼の能力を一番必要としている部署」に配置をしたからだった。

彼は憤慨したが決定は覆らず、彼のキャリアのスタートは不本意なものとなった。

そして研修期間は終了し、Tさんはあるチームに配属された。

チームのリーダーは、中途採用された人物であったが、大きな期待をかけられていた。

前職で大きな成果を出していたと思われていたからだ。

だが実際は、控えめに言っても平凡な人物、悪く言えばリーダーシップに欠ける人物だった。実のところ前職での成果は、単に運が良かっただけ、であった。

配属されてきた彼は、その明晰さですぐにリーダーの無能を見抜いた。

間違いを指摘されるとすぐに感情的になり、誤りを正そうとしない。また、部下をきちんと指導できず、そのくせに目標だけは高く設定する。

Tさんの最も嫌いなタイプの人物であったのだ。

買い物帰りの妻を圧倒的に絶望させる「最後の3m」

夫に手伝ってほしいのでなくねぎらってほしい

2019年、私たち夫婦は還暦を迎え、夫が定年退職をした。

ときに、結婚35周年を迎えようとしていた私たちである。ふと、こののち何年夫婦を続けていくのかしら、と指折り数えてみて、驚愕してしまった。

1959年生まれの私たちの世代は、3〜4人に1人が100歳以上生きるとメディアで言われていた。もしも万が一(三が一だけど)、私たちが100歳に到達するのなら、なんとこれから40年もあるのである。人生100年時代の到来は、結婚70年時代の到来でもあったのだ。

これまでよりはるかに長い年月を、私たちは夫婦として生きてゆく……!

永遠の愛を誓って涙を流し、わが子に出会い、泣いたり笑ったりしてともに歩いてきたこの道のりより、はるかに長いって、どんなに長いんだ。

しかも、夫が家にいる。

こ、これはかなりの覚悟と工夫が要るのでは? と、私は珍しく動揺してしまった。

うちだけの問題じゃない。残念ながら、この事態に、人類は慣れていない。少し前まで、男たちは定年退職した後、そう長くは生きてはいなかったのだもの。そもそも、とっさに正反対の感性を働かせ、別々の行動に出る男女は、24時間同じ空間で暮らす仕様にはできていない。

妻の笑顔が10年も消えている家、定年が怖い家、そして、コロナ禍で若い夫婦さえも一軒の家に閉じ込められている今、日本の夫婦シーンは、暗雲立ち込めている。

“男女同室着替え”の問題、中高でも…。「下着が見える」の訴えも、なぜ改善しないのか。

「男女が同じ教室で着替えている」

「更衣室がなく、空き教室を使わせてほしい」

全国の小中学校・高校で、今なお「男女同室での着替えが行われている」との訴えが、ハフポスト日本版のアンケートに次々に寄せられました。

男女同室での着替えが社会問題になった2000年代、国は適切な対応を求める通知を学校側に出していましたが、一部の現場で改善されないままになっています。

なぜ状況は依然として変わらないのでしょうか?

教頭「小学校でも一緒だから習慣に」
「せめて空き教室を使わせてもらえたら…」

福岡県内の女性は、中学3年の娘が通う中学校では、今も男女が同じ教室で着替えをしていると明かします。「娘もはじめはびっくりしていましたが、今は仕方ないと言っています。私は男女で分けてほしい気持ちが大きいのですが…」

学校に取材したところ、男女同室で着替えていることは事実であると認めました。

教頭は取材に、「子どもたちは体育の授業がある日は、自宅から体操服を制服の下に着て登校しています。地元の小学校でも男女で一緒なので、同じ教室で着替えることは習慣になっています」と説明します。

さらに、教頭は「恥ずかしいという子は体育館の更衣室で着替えています」として、選べる環境にあると話しました。

一方で、女性の娘は「更衣室があること自体知らなかった」と証言します。

教頭は、男女同室の着替えをこれまで把握していなかったとして、取材に「職員間でもう一度話し合い、男女で分ける対応を検討したい」と述べました。